3月18日(木)

ウチの職場の人事というのは複雑奇怪というべきか、何というべきか。そろそろ経営責任が問われるレベルで不味い事態が起きている。こちらが損失を被ってなんとかなるのであれば不幸中の幸いとでも言えるのだが、顧客にとって大きくマイナスをもたらすレベルでの不祥事であり、ほとんどのことは笑い飛ばしてきた私ですらもう笑えない。職業柄、泥沼の状況に陥っている人々を救うのが私の使命とでも思っているが、残念ながら私が飛び入ったところで邪魔者になるだけなので、ただただ側から傍観する以外にないが、ただただ心配だ。経営陣には経営陣の考え方があるのは勿論理解はできるが、経営者の都合で散々引っ掻き回した挙句に最悪の状況が生まれているのだから、たまには自分の非を認めるぐらいのことはしたほうがいいのではないだろうか。自分の非を認めるというのは経営者にとってタブーのことなのだろうか。私には大人の世界がよく分からなくなってきた。

一方で、新人の職場案内を本日担当した。新卒のかわいらしい男の子で、将来性溢れる人物だった。私よりもよっぽど勉強をしてきているので、最初は戸惑うだろうが、なんとか一人前にさせてやりたい。この職業というのは段々と人気がなくなってきており、そして特にウチの職場は大変なことで有名である。ただ、それでも顧客が途切れることはないし、そんな彼らが卒業した後にまた帰ってきたいと思える場所にしたいというのが、OBとしてのせめてもの考えである。卒業生にとって誇れる場所にしたい。そのためには立派な施設があってもどうしようもないし、なんなら立派な実績すらもいらない。顧客と真剣に向き合うことのできる人材がいれば、もうそれだけで我々の職業は十分である。しかし残念ながら続々と優秀な人から辞めていく。だから育てなければならない。それすらも叶わないようであれば、もう終わりだ。

今日は初めて東大世界史の大論述にチャレンジした。600字もある大論述を書いたこともないので、構成を組み立てようにも、どれぐらいの規模になるのかが全く予想が付かなかったので、とりあえず書きたいように書いてみた。まだ余裕のある前半はそれなりに的を得たことが書けたが、後半になるにつれて段々と知的体力がなくなってしまい、断片的な文章を並べ立てる状況にになった。模範解答を見ると、600字に一本筋の通ったストーリーが見えた。というか、そもそも問題文にこういうふうに書いて欲しいというストーリーのヒントが記されていた。散々自分が担当する論述の講座では問題文から解答を組み立てろと指導してきたにもかかわらず、自分自身はそれをできていなかった。今後東大世界史を教える機会はそうそうないだろうが、ちゃんと取り組むことで自分の世界史力が上がるだろうことが明確に感じられるので、このままタフな旅をできるところまで続けたい。